ここから、正信偈の後半になります。「七高僧」と呼ばれる、念仏の教えを大乗の教えとして成就させてくださった高僧の方々の徳を、親鸞聖人が讃嘆なさっています。その七人の方々が「印度・西天・中夏・日域」におられたということです。「印度」は龍樹菩薩ですし「西天」とは今の中央アジアになりますが、天親菩薩のいらっしゃった場所です。このお二人は「菩薩」と呼ばれるほどですから、正に別格の方々になります。「論家」とは経典の大意を論じた方という意味で、このお二人の論は経典と同格に扱われています。つまり、お釈迦様と同格の方々ということになります。「中夏」とは親鸞聖人の時代に中国を指した言い方で「曇鸞・道綽・善導」の三人がいらっしゃいます。「日域」は日本のことで「源信・源空」のお二人です。
これら七人の高僧方が何をなさったかという内容が「大聖興世の正意を顕し、如来の本誓、機に応ぜることを明かす」になります。「大聖」とはお釈迦様のことです。お釈迦様がこの世にお生まれになられた正しい意味を「顕」かにしたというのですが、この「顕」とは「隠れたものを明らかにする」という意味です。その隠れていたものというのが次です。ここの「如来」とは阿弥陀如来のことです。ですから「如来の本誓」とは『仏説無量寿経』に説かれている本願を意味します。つまり、お釈迦様がこの世にお生まれになった本当の意味は、阿弥陀如来の本願が機に応じているということである、ということを私たちにとたえるということであるといことです。このことを明らかにしたのが、この七人の方々になります。
これは前段の「難中之難」というところを受けています。長い仏教の歴史の中で、南無阿弥陀仏が登場するのは大乗仏教の中からです。大乗仏教の中でも、印度ではほとんど取り上げられることはありませんでした。中央アジアに伝わって、ようやく経典が整理されますが、あくまでも傍流でしかありませんでした。それが、仏教の主流になるのは日本に来てからです。正しく隠れていたのです。
それまでの仏教が間違っていたということではありません。それもで、時代と共に様々な流れに分かれていった原因が「機」という問題なのです。善導の『般舟讃』に「仏教多門にして八万四なり、正しく衆生の機、不同なるがためなり」とありますが「機」とは私たち一人一人の性質です。お釈迦様の教えは「対機説法」といわれるように、その人に合わせて説かれていました。つまり、万人に当てはまるような教えではなく、その人だけのための教えなのです。ですから、長く仏教では、その人ひとりのための救いを各々が求めていくというものでした。ですから、果てしなく枝分かれしていったのです。
